静岡地方裁判所沼津支部 昭和41年(ワ)366号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕先ず原告の被告らに対する被告吉田義誠が被告本門寺の代表役員でない旨の確認を求める訴について考える。
被告本門寺規則第六条により同被告の代表役員を一名とする旨の定めがあることは当事者間に争ないところであり、(宗教法人法にも同旨の規定がある。)従つて代表役員は複数の存在を許さざるものであるところ、原告は自己が被告本門寺の代表役員である旨の確認を求める他、被告吉田義誠が被告本門寺の代表役員でないことの確認を求めているが、右両訴は一の法律的地位を積極、消極の両面から確認を求めるものに他ならない。従つて原告が右代表役員であることを確認されれば当然その表裏の関係にある被告吉田の代表役員でないことは確定されるのであり、原告の被告吉田が被告本門寺の代表役員でない旨の確認を求める訴は何等確認の利益がないからこれを却下すべきである。
次に、原告が被告吉田に対し原告が被告本門寺の代表役員である旨の確認を求める訴について考える。
原告が被告本門寺の代表役員であることの確認請求は被告本門寺との間の法律関係であるから同被告のみを相手とすれば足り、これが法律関係についての確定について只単に被告吉田義誠が被告本門寺の代表役員であると称して争つているというだけでは利害関係ありとはいえない。従つてこの点についての確認請求も被告吉田個人を相手とする関係においては何等確認の利益がないから同被告に対する請求はこれを却下すべきである。<中略>
そこで原告は被告本門寺の後任住職として原告が選任された旨主張するので判断する。
本来右後任住職選任については先ず被告本門寺規則によつてこれをなすべきところ、右規則上これが選任についての規定が存しないことは当事者間に争いがない。
従つて前記規則に何んらの規定が存しない以上慣習によつてこれが選任をなすべきところ、本門寺が包括宗派たる日蓮宗を離脱して単立寺院となつた昭和三二年三月五日以降前住職由比日光が死亡するまで住職交替の例が一度もないことについては当事者間に争いがない。右事実のみをとらえてみれば被告本門寺が単立寺院となつた後において住職選任に関する新な慣習が形成される余地のなかつたことは明らかである。しかしながら慣習の存否を判断するがためには単立寺院となつた後のみならずこれ以前の慣行をも合わせ考慮すべきが寧ろ当然である。しかして単立以前に生じた住職選任に関する種々の慣行が単立寺院の慣習ないし慣習法でもあるとして認められるためには寺院としての実体において同一性が認められ、且つその慣習が包括宗派の存在を前提としないものであつて、単立寺院となつた後においても右慣行が踏襲されることがほぼ明瞭になつているかあるいは単立以前において相当長期にわたり反覆され、寺院関係者の間ではその存否について特に争いのない程度に強固なものとなつていることが必要であると解される。<中略>
以上の明らかな事実を総合検討しても単立以前において住職選任に関し確たる慣習ないし慣習法といえるものが存在したものとは認められない、従つて単立寺院となつた後の被告本門寺において住職選任に関する慣習の存しないことは明らかである。
そこで住職選任に関しての慣習が存しない以上被告本門寺の住職を選定するにあたつては寺院の本質および被告本門寺に固有な特殊性等を考慮のうえ条理に従い処理しなければならないのであるが、原告が選任されたその選出の手続、方法、原告の住職としての資格等が右にいう条理にかなつたものであるか否かにつき更に検討する。<中略>
すなわち由比日光死亡後後記認定の手続とほぼ同様の手続により後任住職として選任された林円寿が昭和四〇年五月一六日死亡したため、更に後任住職の選任について協議すべく昭和四一年一〇月二日頃本山である被告本門寺と末寺寺院の住職をもつて構成された被告本門寺の護持団体ともいうべき法縁会(昭和一六年以前は門末会と称した。)を開催し、原告を後任住職として推薦する旨決定したこと、続いて同月一六日後任住職選任についての檀信徒総会を開催するにあたつては既にこれに先立ち同年九月二四日檀信徒有志の大内稔他一五名が弁護士長橋勝啓を代理人として当時の責任役員望月菊市および責任役員の職務代行者四名に対し、檀信徒総会の招集を求めたが、実行されなかつた経緯もあつたことから再びこの手続を経ても実行されないことは明らかであつたのでやむなく右大内らは同年一〇月五日被告本門寺の塔中寺院に保管してある檀信徒名簿に記載された者全員に対し、大内稔、原田巌、清力勇、望月兵庫の連名で本門寺後任住職選定の件なる議題を明示し、同月一六日檀信徒総会を開催する旨の通知を発して、同月一六日静岡県富士郡芝川町西山公民館において檀信徒総会を開催したこと、右総会においては前記檀信徒名簿によつて確定された檀信徒総数四一一名の三分の二以上である二八六名(委任状提出者を含む)が出席して後任住職として前記法縁会かも推薦のあつた原告を選出し、同日原告は被告本門寺の住職に就任することを承諾したこと、原告は大正一〇年頃前住職由比日光の弟子となり以後約四〇年間に亘り同人の薫陶を受け、右選任の際は被告本門寺の末寺である千葉市今井町所在の福正寺の住職であつた。
およそ住職選任につき依るべき規則、慣習の存しない本件のような場合にあつては選任手続面においては第一に後任住職の地位は檀信徒の総意によるべきものを相当とし、かつその際沿革的に密接な関係を有する各末寺寺院の僧侶の意思が右選任の過程に反映されることは尚更妥当性を増すものといわねばならない。更に実体面においても寺院を代表して一定の教義のもとに檀信徒を教化育成する等の宗教活動を行う住職は原告の主張の如く檀信徒の信仰的主柱をなすものともいえるから、最小限当該寺院の教義を信仰する僧侶であることが必要である。而して以上の基準に従い前記認定の事実を検討すれば原告が後任住職に選任されたことは前記選任手続の経過および同人の住職としての前記経歴などを考慮してみて相当であるものと認められる。<中略>
被告らは被告本門寺には檀信徒総会なる制度について規則の制定も又慣習もなく、且つ檀信徒は社団法人の社員の如く法人たる寺院の直接の構成分子ではなく、その実体は単なる儀式執行委託者にすぎないから右の檀信徒総会の決議には何らの効力も生じないと主張する。
しかし檀信徒がその総意を表明する檀信徒総会なる制度につき特に規則の定もなく慣習もないということ丈を根拠として当然条理にのつとり開催された右檀信徒総会の決議迄法的効力を否定するいわれはない。また寺院は一定の信仰のもとに儀式を執行し教義を宣布し、精神の安心立命を得る目的の下に僧侶および檀信徒が相寄つて一の団体を構成したものであり、寺院の経済的基礎の面においても主として檀信徒の喜捨に依存するものであるから檀信徒なくしては寺院の存立はあり得ない。従つて檀信徒なるものは被告の主張するように単なる儀式の執行委託者に過ぎないものでなく、実に寺院の重要なる構成要素をなすものであるから到底被告らの右見解に左袒するわけにはいかない。(島田稔 柄多貞介 野口仲治)